評価:
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ウォルトディズニースタジオホームエンターテイメント
¥ 3,300
(2009-07-03)
コメント:実はこれってやっぱり
Amazonランキング:
177位
Amazonおすすめ度:
アニメオタクの意見無視!
子供に『やさしさ』というものを自然に教えられる
感想
これは高校時代に留学した経験がある若い友人にうかがったのだが、
「アメリカではティーンである自分たちのことをいつも大人扱い してくれたから、すごく気持ちがよかった」
とのことである。
なるほど、欧米では、思春期 に入ると、「大人予備軍」 としてティーンエージャーを扱う文化があるのだと思う。
ところが日本 はどうか? 子供が徐々に大きくなり、「純粋無垢さ」を失い始める と、むしろそのことに苛立ち、どのように取り扱うかに困惑する親世代が今でも多いのではないか?
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この映画の中にも、そういう「父親」が登場する。
(・・・・・以下、完全にネタバレ に突入します・・・・・)
名前をフジモト という。彼は、汚濁に満ちた人間界が嫌になり、今や、海中に珊瑚の邸宅を持つ、魔法使いのような存在として生きている。
彼は壮大な「人類補完計画」、もとい、「地球再生計画」を持っている。
「命の水」と呼ばれる精製された海のエッセンスのようなものを抽出し、それを井戸の中である臨界量に達させた時に、一気に「生命の大爆発」が生じ、古生代カンブリア紀の海洋生物の楽園が復活することを夢見ているのだ。
すでにそれを実現するためのプランテーションとしての、結界で守られた「牧場」をもっており、そうした古生代の生物たちに囲まれて、大事に育てられているのが、彼と、海の女神、グラン・マンマーエの間に生まれた娘たちなのだ。
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ふとしたきっかけから、その中の一番お姉さん格の一匹(ひとり?)が、普通の海辺に迷い出ることになり、海辺の崖の上に住む少年、宗介 に助けられる。
彼女が閉じ込められたガラス瓶を宗介が割る際にできた小さな傷を彼女がなめて癒した時、彼女の中で「人間の血で劣等遺伝子が覚醒(以上、父フジモト談)」してしまい、急激な人間化 の兆候が見られはじめる。
宗介は彼女にポニョ という名前をつけ、彼女もそれを気に入る。
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しかし、ポニョは結局フジモトの差し向けた波の使い魔によって再び父の「竜宮城」に連れ戻される。
彼は人間になりたがって言うことを聞かなくなった「ブリュンヒルデ(=ポニョ)」が気に入れない。
「命の水」の力で、彼女を再びもとの「無垢な」姿に引き戻してしまう。
彼は、一見エコロジー主義者に見えるが、実のところ、自分と関わる対象すべてが 自分を快適にしてくれる ように操縦 しようとする、裏返しの支配欲の塊 なのである。
まるで、自分が鍵穴 で、鍵 の方が自分にしっくりとあわせてくれる形にならないと気がすまない。
彼は自分以外の対象が自分に「膚接」 してくれることを求めている。 相手との関係の間に「隙間」を感じると、まずは相手の方を 自分に合わせてくれるように振り回す。
相手が、自分の気持ちを完全に「察して」先回りして行動してくれないと、もうそれだけで耐え難い わけであり、相手が自分からは独立した自我を行使し始めたら、片っ端からその目を摘み、自分のためだけの存在にしようと操作するである。
もとより、これは実はそれだけ相手の存在に自分が依存して、 はじめて自分を支えているということであり、故・土井健郎 先生が使った本来の意味 での「甘え」 の状態 のバリエーションであるとも言える。
実は親の方が子供に「甘える」 という世代間逆転状態 が背後では進行しているのだ。
このような形で退行する人たちのことを、この前の「魔女の宅急便」の記事 でもご登場いただいたハンガリー出身のイギリスの精神分析家、バリントは「オクノフォリア」 と呼ぶ。
バリント/スリルと退行
バリント/治療論からみた退行―基底欠損の精神分析
(この前の「魔女宅」記事 でもご紹介しましたが、この「ポニョ」記事を、当ブログにおいでになり、最初にお読みの方があるかもしれませんので、改めて、私の学会発表時の添付資料としての2冊の抜粋がPDFへのリンクを呈示させていただいておきます。興味のある方はこちら からご覧下さい)
前回ご紹介したフィロバティズムにしても、オクノフォリアにしても、成熟した個と個の対象関係という観点からすると「退行的な」状態である点では共通している。
ただ、フィロバットは、人間以前に、自分を包む空間全体を「お友だち」 にしてしまえるまで自分の スキルを磨き上げる 孤高な存在なのに対して、オクノフィリアは、空隙 そのものを恐怖 する。 そして、自分が技を磨くのではなくて、周囲の人間の方を コントロールして従わせようとするのだ。
フジモトは、決して、自然の 海水に身を委ねてのびのびと安心していられる存在ではない(だからフィロバットではない)。むしろ自然のままの海を穢れた ものだとしか感じていない。
しかし、ポニョの成長は、自然の海水に 触れたからこそはじまったのが現実なのである。
そして、フジモト自身は、魔力で結界 を生み出した中での純化された人工的な「命の水」領域を、海の中でもヘルメットのようにかぶりながらしか存在し得ない。
それはまるで・・・・・人工的な「羊水」で満たされた「子宮空間」 を持ち歩いているかにも見える(もとより、それはいい意味で人に若さを取り戻させる魔法でもあるようだが)。
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ポニョは再び脱出を敢行する。魔法が使える彼女の血は、海に大嵐を巻き起こす。そして今度は、彼女は、ほんとうの人間の少女の姿になっていた。
宗助の家庭が、お互いを対等に名前で呼び合う、近代的核家族の理想の姿であるかのように描かれているのも興味深い。母親リサは、勤勉で機転が利く
職業人であり、同時に十代の娘のような感情の奔放さももっているが、宗介をいい意味で早くから大人扱いし、厳しい時は厳しいが、権力的でない諭し方を心得
ており・・・・・同時に、まだ5才の息子の寂しさへの思いやりも失わない。
勤務先の老人介護施設に、天候がおさまった一瞬の隙を突いて、海沿いの道を車で救援に向かう際に、母親のリサは、宗介とポニョを同乗させることを
選ばなかった。町中が水没し、停電する中で、どれだけ潮が満ちても水没しない丘の上の家に、今も明かりがともる家(自家発電できるのだ)があることがどれ
だけ大事かを言って聞かせる。
「遠くに行ってしまう母親」との間に大きな「距離(間隙)」が横たわる ・・・・宗介にとってのオクノフィリア誘発的試練 である。しかし、リサはそうした宗介の不安を十分に汲んだ上で、「きっと帰ってくる」と、離れても失われない信頼の絆 を結ぶのである。(リサ自身は、あのドリフト運転、もの見事にフィロバット的ですが)
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・・・・・・・これ以降のストーリーについては言及しないでおこう。
(それでも、この映画を見て「わかりにくかった」皆様にとっては、随分とすっきりとさせる整理を試みたつもりですが、いかがでしょう?)
だだ、これだけは言い添えたい。
この作品、一見、5歳の幼児を主人公にしているかに見えるけれども、実際には、もう少し年上の"boy meets girl"の物語 に他ならないように、私にはどうしても映る。
だから、BGMは、敢えてひねって、 TRF としましょう。
歌詞はこちら 。
(ほんとうにアニメ作品でこの曲をエンディングとして使ったのは、「赤すきんチャチャ」ですが^^)
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そして、「魔法を失う」という問題 については、私自身のアニメ評論のデビュー作(心理臨床系大学院への合格を面接時に確信した日に書き、2ヵ月後月刊"OUT"誌上に掲載された、
●魔法という名のモラトリアム (1986年2月29日執筆)
をご参照ください。
崖の上のポニョ [DVD] 「崖の上のポニョ」 特別保存版 [Blu-ray]
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【追記】
ポニョに本来父親フジモトが与えていた名前、「ブリュンヒルデ」 といえば、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」 で、主神ヴォータンの娘、ワルキューレ(女戦士)の一人(物語全体の実質的ヒロインです)であることを、クラシックファンなら否応なしに連想する。
フジモトが「ブリュンヒルデ!」とポニョに呼びかけた瞬間に、「ああ、もうこのオジサン、勝手に自分の夢想の世界に酔ってるな・・・・」 と苦笑できる仕掛けになっているわけです。
ブリュンヒルデは永い眠りから王子ジークフリートによって目覚めることになっているわけで、宮崎さんはやはりストーリー的にも 影響受けていますよね。
この映画の一番有名な「あるシーン」が、もろに「ワルキューレの騎行」張りのBGMですよね(wikipediaが「ワルキューレの騎行」そのもの であるかのように記述しているのは誤り・・・・BGMの久石譲さんが「ワークナー風に」作曲したのではないか? ・・・・・でも、ううう、私、歌劇には比較的弱くて、とても上演に4晩かかる「指輪」の音楽の全体なんて思い出せないから、ワーグナーの「指輪」の中にある、他の部分の 音楽をそのまま引用した可能性も否定できない・・・・)
まずは、オーソドックスに、映画「地獄の黙示録」 でも使われた、ハンガリー出身の名指揮者、 故・ゲオルク・ショルティ指揮、ヴィーン・フィルの抜粋盤 をご紹介しておきます。
ワーグナー:楽劇「ニーベルングの指環」~オーケストラル・ハイライツ
あと、個人的には、「指輪」の管弦楽のみによる抜粋としては、全然「歌劇的」ではなくて、とことん「純音楽」としてのタイトな仕上がりを重視した、無茶苦茶にオーケストラの性能が高いのがわかる、これまたハンガリー出身の往年の名指揮者、ジョージ・セル指揮/クリーヴランド管弦楽団 のが、隠れた名盤としてお勧め。
もちろん「ワルキューレの騎行」入ってますけど、何より 「 夜明けとジークフリートのラインへの旅」(リンク先はテンシュテット盤) が、こんなにで「スポーティー」で「爽快な」演奏はセル盤の他にはありません!!
【追記】: このセル盤、何と
Blu-spec CD でリマスターされて再発されているではないですか!!(限定盤です。普通のCDプレーヤーでも聴ける筈です)
Blu-spec CD ワーグナー:ニーベルングの指環(ハイライト)
(楽天はこちら)
ワーグナー、特に「指輪」が苦手だった私の印象を根底から覆した、「ワーグナー嫌い」にお勧めの名演奏 です。ほんとうにお勧め!!